8 招かれざる来訪者


芳次は時計を見た。見張りを始めてから50分が過ぎていた。
何もなさそうだし、そろそろ自分も尚美も、眠気の限界が近いと感じた芳次は、博之と雅司を起こそうと、立ち上がった。 その時。

ガサッ

「!?」
芳次の体が、音がした草むらの方に向いていた。――ヤバい。何かいる!
「ん!? 何?誰かいるの!?」
「シッ!」
あからさまに大きい音に、尚美も反応したが、芳次はその動きを止めた。そして、しばらくの間――いや、ほんの数秒かも知れなかったが――草むらから音が止んだ。
どっか行っちまったのか――? 芳次が、草むらに向けて構えていた銃口を下げた。 次の瞬間、茂みから先程より大きな音がして、黒いものが飛び出してきた。
「!? 早い!」
反射神経がいい芳次でも、突然現れた黒い影に、反応は出来なかった。そして、芳次が振り返ると、そこには寝ぼけ眼の雅司の首に、カッターを突きつけている遠藤浩樹(男子4番)がいた。

「雅司!」
「動くな!」浩樹が叫んだ。
初めは寝起き顔だった博史だが、状況を把握した瞬間、完全に目が覚めたようだ。 博史と浩樹の距離は、わずか1、2メートルぐらいしかなかったが、包丁を突きつけられている親友を見て、芳次の方へ後ずさりしていった。
「博史! くっ――、遠藤!お前、どういうつもりなんだよ!」
「うるさい!」
後ろから羽交い絞めされている雅司にとって、簡単に脱出する事は不可能だった。

「おい、遠藤!」芳次は声を張り上げた。
「お前、こんな事して何になるっていうんだよ!」
「うるさい――」
「そうよ!私たちだって、誰も人を殺すなんてこと――」
「うるさい!」
尚美の言葉を、浩樹が遮った。
「誰も人なんか殺せないって? ウソつけ! みんな――、みんな、オレを殺すつもりだろ!? 最後までトラブルメーカーだった、オレをなあ!」
「落ち着けよ! ――それは、お前の考えすぎだ。みんな、真剣になってお前のことを…」
「ウソだ」
「本当だ」
「ウソだ――!」
芳次は少し圧倒されていた。 そして普段見慣れない浩樹の姿に、その場が凍りついた。

遠藤浩樹は、桜井高広(男子11番)や、丹羽稔彦(男子13番)、小野幸佑(男子6番)たち不良グループに毎日のようにいじめられていた。 その上、浩樹自身も、いじめられやすいタイプだったし、何もしなかった。 さらに時間を追うごとに、そのいじめは深刻化していた。
そしてとうとう学校に来なくなった。それが1ヶ月ぐらい前だった。
もちろんクラスでも、学級委員の寺田潤子や松田恭平(男子17番)の呼びかけで、全体で話し合ったこともあった。 でも、その時はいつも、彼らの心の無い返事で終わっていた。効果が無かった。 それで今回は、中学校最後の行事という訳で、恭平の説得で、修学旅行に来ていた。

少しの静寂が叫び続けていた浩樹に、落ち着き与えたようだ。
「――この前、安達先生に、いじめについて、クラスが考えてくれているって聞いて、学校に来たんだ。1週間前だよ」
浩樹は淡々と話し始めた。
「それで、先生にプリントもらってから、教室に行ってみたんだ。そしたら、途中のトイレにあいつらがいたんだ」
「桜井たち、か――」博史が訊いた。
「そうだよ。それで、あいつらの話を聞いてみたら――、今度オレが学校に来たら、自殺に見せかけて殺してやる――、って言ってた」
「マ、マジかよ――」雅司が声を絞り出した。
「そんなこと無いよ。それは、多分――、その場の冗談だったんだよ」
尚美が優しく言った。
「冗談? 少なくても、オレにはそう聞こえなかったけどな」
浩樹が冷静に答えた。以前、浩樹の顔は、強張ったままだった。

「それに…」 浩樹が続けて言った。
「あんた、さっき『誰も、人なんか殺せない』って言ってたよな?」
「ええ」
「さっき――、来る途中の山小屋で、寺田たちを見つけた」
「えっ?」尚美はハッとした。
「潤子たちがいたの? よかった! これで、みんなに声を掛ければ――」
「でも…」
浩樹が割って入った。そして言った。
「寺田たちは死んでた」
「えっ――?」 尚美の目が丸くなった。 「銃で撃たれてた」

その言葉は、一瞬にして尚美の心を追い詰めた。
「ウソ――でしょ――?」
「嘘じゃない」
尚美から、血の気が引いていくのが判った。
「本当なのか?それは」芳次が訊いた。
「ああ。そこの小屋だった」
「ウソ――」
思わず、尚美は腰を抜かした。それを見た芳次が、慌ててしゃがみ込む。
「だって――。だって、潤子は、さっきまで――、スタートの前にいたのに――、それが、死んだ――? ウソでしょ? そんな事、あるわけ…」
それから、尚美は泣き崩れてしまった。 あんなに、冷静な尚美が――。芳次の正直な感想だった。

「――もう、ガマン出来ねえ」
「え?」
突然の博史の言葉(浩樹には聞こえていなかったようだが)に、芳次はとっさに切り返した。
「女の子を泣かせたまま、何も出来ねえっていうのは、情けねえ。もう、こうなったら、突撃するしかない」
「で、でもよお――」芳次が、力の無い小声で訊く。
「『突撃』ったって、雅司が――」
「なあに。相手の武器は、包丁だけだ。手を押さえれば、何とかなるさ。――サポートしてくれ、芳次!」
「お、おい!」
博史は間を入れずに、浩樹に飛び掛っていた。

たき火を挟んでの、攻防だったので、 相手にとっては、まるで炎の中から、現れたように見えたかもしれない。 完全に不意をつかれ、動けない浩樹に向かって、突進していった博史は、 包丁の握られている、右手を押さえた。
「くっ――!」
「もらった!」
芳次は、「よし!」とガッツポーズをした。
後は、雅司を助け出すだけ――、のはずだったのだが。
雰囲気が変わった。
状況不利なはずの浩樹が、勝ち誇ったように微笑んだような気がした――。
「くそっ…」
「この…野郎…!」
浩樹の意外な腕力の強さに、博史は包丁をもぎ取る事に苦戦していた。なんて力だ…! 雅司を離せ!
「このっ…。離せよ、遠藤!」囚われの身となっている雅司も、親友の活躍に浩樹の腕の中で必死にもがいていた。
「はいはい。友情ごっこ、ご苦労さん」
――何だって?
浩樹の言葉を理解する前に、博史の意識はこの世から無くなっていた。

一瞬の出来事だった。
浩樹が制服のズボンの左ポケットに、手を突っ込んだと思いきや、いきなり黒いものを取り出して、博史の背中に近づけていった。
銃だった。
そして、半ば呆然と見ている芳次が、博史に伝える暇も無く、浩樹は引き金を引いた。 重く乾いた音が2発。銃弾が博史の左胸を貫く。 突然の痛みに訳が判らないまま、博史は口から血を吐いて、崩れ落ちるように倒れた。 突然の光景に力が抜けた雅司に、浩樹は遠慮なく包丁を突き立てる。 雅司は声を上げることの出来ないまま、左胸から大量の血を出して、博史の上に倒れた。

芳次も、泣き止んで一部始終を見ていた尚美も、ただ何も出来ずに、じっと見ていることしか出来なかった。 一方、2人もの人間を殺したのにもかかわらず、浩樹の表情は冷やかに微笑んでいた。
「さて――、次はお前らだ!」 浩樹は銃口を芳次に向けた。
その叫び声で、我を取り戻した芳次は、とっさにたき火に向かってライフルを撃った。 すると、撃たれた衝撃で灰や土が舞い上がり、前方1m先も見えないほど、視界を遮っていった。
「逃げるぞ!尚美!」
「う、うん」
芳次は尚美の手を引っ張っていきながら、森の中へと姿を消した。

それからしばらくして、煙は収まっていた。 浩樹は、芳次と尚美の消えていった森を見ていたが、ふと、博史と雅司の死体に目を向けた。
今、浩樹の心の中を占めるのは、作戦を成し遂げた達成感だった。
1人を人質に取り、我慢しきれなくて飛び出してくる相手を殺し、そして人質も殺す――。 あと、相手を油断させるために、武器が銃でなく包丁である事を、相手に植え付けることも忘れずに――
不思議と、人を殺したという罪悪感は無かった。替わりにどす黒いものが、浩樹の心を占領していた。 学校でもいじめられて、ここに来たばかりの時は震えるだけで何も出来なかった自分だったのに、 ここに来て、突然、作戦を思いついて、それで2人の人間を殺すことが出来たなんて――。
かえって、自分にとっては喜んでいい事じゃないか?
自分は生き残る。 それで、今まで、散々、自分をコケにしてきた奴らを、アッと言わせてやるんだ!
「――ぶっ壊してやる。何もかも」
そう呟いて、博史と雅司のバックをあさって、浩樹はその場を立ち去った。


【男子2番 安藤博史
 男子8番 川堀雅司 死亡】

【残り33人】



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