18 友よ、さらば



私があの子の親友なんて、何か申し訳ない気がした。
美人だし、何をやらせても一番だったし、雑誌のモデルもしてるし、それに何より、私のことを親友として見てくれた―― 潤子や輝美も大切だけど…、
大好きだよ、枝里ちゃん――!





友原香代(女子12番)は、走り回っていた。

スタートのプレハブ小屋を出た後、周りに誰も居なかったので、香代は恐怖感から当てもなく舗装されている道路を駆け出した。 そして、道の終わりにあった、橋の入り口に居る誰かを発見した。
クラスの中で孤立している男子――兼代駿介(男子7番)だった。
結局、彼はかすり傷を負わせただけで、逃げていったけど、何をしたかったのかがサらない。
――まあ、あの人のことはいい。それより、私の身が危険だ。 その場所から香代はまた走り始めた。駿介に撃たれた傷は少し痛むが、走るのに支障は無かったし、同じ場所に一人で居続けるのは危険だと思った。
そして、体力の限界まで走って辿り着いたのは、この切り立った崖だった。地図で場所を確認したら、C−01という島の隅っこに当たる部分(先程まで福島芳次と村下尚美が居たが、2人は20分ほど前にここを離れた)だった。

「はあー・・・。疲れた――」
香代は側にあったベンチに腰掛けた。 徐々に息を整えていくにつれて、香代の思考回路が再び回り始めた。
これから私はどうすればいいの?  いつもだったら輝美や潤子が、みんなをまとめてくれるんだけど、二人はもう…、居ないから…、無理だよね。 そうなると、みんなバラバラなのかなあ。 由香里ちゃんや尚美ちゃん。それに枝里…。
枝里ちゃん――?
香代は忘れていた。一番の『親友』を。

出口枝里(女子10番)と香代の付き合いは、かなり長い。 二人は幼稚園の時からの仲で、その関係は今日まで崩れたことは無い。
枝里は昔から『何でも出来る子』であった。勉強をやらせれば、塾にも通っていないのに毎回テストでは良い点数を取っていたし、運動神経は抜群で、運動部の女子を何回も泣かせてきた。それに、誰にでも気遣い出来る性格から、いつでも枝里には友達が居た。
見た目の綺麗さから、街でスカウトされて雑誌に載ったこともあった。その時、プロのスタイリストに整えられた髪は、今の枝里のスタイルになり、男子の目を引いている。

――でも、本当に奇跡なんじゃないのかな? 枝里と出会えたことは。
香代は今までを思い出してみる。 容姿もあまり良くなく、内向的な性格でチビで眼鏡を掛けている香代と、眩しいぐらいに輝いている枝里とは、明らかに差がついているように思えた。だから今まで何回も、二人の距離を置いたことがあった。でもその度に枝里は言った。どんなこともあっても私と香代ちゃんは親友だよ、と。 枝里は今までその言葉を裏切ったことは無かった。今もこんな事になっちゃったけど、絶対枝里ちゃんは…

その時だった。突然何者かが香代の肩を叩いた。
とっさに香代は、シグ・ザウエルを後ろの相手に向けた。しかし相手を見た途端、香代は絶句した。
「か、香代ちゃん? 私よ…」
そこに立っていたのは、まるでモデル雑誌から飛び出してきたような茶髪の女子。しかもその声は…
「――枝里ちゃん?」
香代が相手を認識した瞬間。今まで抑えていたものが込み上げてきた。
「枝里ちゃん…」
香代の手からシグ・ザウエルがこぼれ落ち、目からは大粒の涙が大量に流れていた。
「香代ちゃん。もう大丈夫だよ――」
次の瞬間、香代は枝里に抱きついた。
「――枝里ちゃん。会いたかった…」
「おー、よしよし。――私も、香代ちゃんに会いたかったんだよ」
枝里は香代の涙が枯れるまで、抱き続けていた。

しばらくして、香代が落ち着いたところで、枝里はベンチに腰掛けた。
「――ずっと探してたんだよ、香代の事」
「えっ…? ほ、本当に?」
「うん。本当だよ」
「枝里ちゃん――。ありがとう…」
「ほらほら、泣かないの。せっかく会えたんだから…」
泣きじゃくる香代をなだめる間、枝里は微笑を絶やさなかった。

「そう――。兼代君が・・・」
香代は兼代駿介と対戦したことを、枝里に話していた。
「うん。あの人、何考えてるか分かんないよ。私に撃ってきたし、かといって殺すわけでもないし…」
「ねえ、香代ちゃんさぁ…」
枝里が話を遮った。
「もし、刃物を持った強盗が人質をとって、その刃物を人質の首に突きつけて、強盗に拳銃を構えている警察官に『撃ったらこの人質を殺すぞ!』って言ったら、その警察官はどうすると思う?」
「えっ――、な、何? 急に…」
「いいから、答えてみて」
枝里からの突然のクイズに、香代は肩肘をついて考え始めた。
「うーん、やっぱり・・・」
数分後、香代が口を開いた。
「銃を撃つと考えさせて、実は拳銃を捨てて交渉をし始めた――。って、そういう話?」
「残念。ハズレね」
「えっ――?」
少し驚いた香代をよそに、枝里は説明し始めた。
「答えは、人質に拳銃を撃っちゃう」
「えっ、そんなことしたら…」
「まあ、話は最後まで聞いてよ」
枝里は続けた。
「撃っちゃうって言っても、足をかする程度。そうすれば人質は動けなくなっちゃうでしょ? そうしたら犯人に一瞬の隙が出来る。それが理由の一つ。もう一つの理由っていうのは、犯人はケガをした人質を無理やり連れて行くことはしないっていうこと。そうすれば、急いで一人で逃げ出したり、あたふたして刃物を振り回したりしても、犯人を無理やり押さえつけちゃえば、ハイ一件落着って感じ」
「――ってことは、人質を助けるために人質を撃つって事?」
「その通り。もっとも、これを成功させるためには、よっぽど拳銃の腕がないと成功しないけどね」
「へぇー。そうだったんだ――」
香代は寄りかかった身を、少し引いた。
「――あれ? そうなると、兼代君は私を助けるために…」
「うん。そうなるね。それだけの正義感と技術なら、もの凄く頼りになる仲間になるかもね」
「ふうーん――。枝里ちゃんは何でも知ってるね」
「ふふ。全部マンガからパクっただけだけどね」
枝里の笑顔は相変わらずだった。

「はあー…」
話を聞き終わった香代は、ため息をついて空を見上げた。
「でも、よかった――」
突然香代は枝里に抱きついた。
「何? 私、レズっ気無いわよ?」
「ううん、違うの。枝里ちゃんの暖かみを感じたいの――」
「――寂しかったんだ?」
「うん――」
枝里の胸の中で、香代は、また泣き始めた。
「――枝里ちゃんは一番の親友だから…、どうしても会いたかったの――」
「そう…、ありがとう――」
枝里は香代を優しく抱いていた。

「香代ちゃん…。私も香代ちゃんが一番の親友だったよ――」
――ありがとう、枝里ちゃん。私、嫌われているかと思っていた。美人じゃない私は、とっくのとうにお払い箱かと思ってた。でも違ったんだ。枝里ちゃんは、いつも励ましてくれた。今もこれからも…


ん? あれ? 一番の親友『だった』――?


次の瞬間、香代は背中に感じた強烈な痛みに、目を見開いた。
「なっ…?」
「――ゴメンね。香代ちゃん――」
香代が見上げると、枝里の顔は先程の笑顔とは違い、寂しいものになっていた。
「え、枝里ちゃ…、な、何で…?」
「ゴメン――。もう香代ちゃんには、生きていて欲しく無いんだ」
「な…?」
どういう意味――? さっきまで、あんなに…
「こんな…」
突然の痛みと、枝里がしたことの衝撃に、うめき声しか出せない香代を抱きながら、枝里は続けた。
「こんな血生臭いプログラムなんかに、香代ちゃんを参加させたくないの。もちろん、こんな島から脱出できればいいけど、それは多分、無理。みんなを殺して、二人だけになって、それで私が死ねば香代ちゃんが生き残れる――けど、そんなの、あなたは喜ばない――。だから…」
枝里の目から、涙がこぼれ落ちていた。
「こうするしか、ないの――!」
枝里は、香代の左胸に刺したバタフライナイフを引き抜いた。すると、傷口からものすごい勢いで、血が噴き出した。 香代はその直後に絶命した。最期に頭の中を過ぎったのは、枝里との思い出の数々だった。

――ここは、どこ?
――ああ、小学校の体育館のところか。 小さいころの私と枝里ちゃんが居る…

「枝里ちゃん…、私なんかでよかったの?」
「え…?」
小学校6年の時、ある夏の日、少女たちは他愛も無い雑談をしていた。 いきなり出たかすれそうな香代の声に、枝里は驚いた。 『よかった』って、どういう意味――?
「だってさ…枝里ちゃんって、何でも出来るじゃん。こんな不器用な私が親友でいいのかなあって――」
「そんな事無いよ」
枝里は首を横に振った。
「私さ、香代ちゃんと会うまで、友達も居なくてずっと独りで寂しかった。でも香代ちゃんと出会って、結構楽しかったんだ。馬が合ってたのかな? それで潤子たちとも仲良くなって…」
枝里は吹き出した。
「だから、自分をけなさないで。香代ちゃんは、いいところがあるんだから…」
その台詞を聞いた香代は、涙が止まらなくなった。思わずその場に伏せてしまうほどだった。

――あの日、確か、家に帰ってからも泣いたっけ。嬉しくて…。
でも今は――仕方ないよね。ここじゃ、そうするしか無いもんね。
もう言えないけど――、今までありがとう…
香代の意識は、そこで切れた。

ゴメンね、香代ちゃん――。こんなことは、したくなかったんだ――。でも…
枝里は香代の亡骸を寝かせ、胸の前で手を合わさせ、上から近くにあったブルーシートを被せた。
「――こんなのって、私のエゴかもしれないね。でも、生き残れるのは一人だけ。香代ちゃんには、その一つのイスの為に殺し合うみんなを見せたくなかった――。今だったら、天国に行けるよね? 私はもう、あの世でも会えないけど…」
枝里は顔を上げた。枝里がいる地点からでも、管理事務所となっている塔は、少し見えている。
「私は、この世でこの国を潰さなきゃ、死ねない――!」
枝里は拳を握り締めた。



【女子12番・友原香代 死亡】

【残り 26人】



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