2 連休の翌日(2)


 予定していた人数を全員載せてバスは中学校を離れる。
今日は群馬を離れ、高速道路を一気に南下し東京のホテルに一泊する予定だ。今まで泊まったことの無い、小奇麗な東京のホテルに泊まれるというわけで、透ももの凄く楽しみにしていた。
「…ねえ、透。透ってば!」
隣の席の列から、学が顔を出して呼びかける。 その時、透は窓側の席からボーっと外を眺めていた。
「…ん? ああ。何だ、学?」
「もう、何だじゃないよ! せっかくの修学旅行なのに、外見てるだけなんて…」
学は少し泣目になった。
 学と透は、もう幼稚園からの仲になる。好奇心旺盛ですぐ泣き出す学の性格は、その頃からあまり変わっていない。サッカー部のキャプテンで、後輩たちから慕われている透に対して、学は生物部で外の虫の観察に夢中になっていた。小学生の時、アリの行列を見ていて、いつの間にか夜になっていたというエピソードもある位の虫好きだった。

 透は慌てて学に微笑みかける。
「ああ、ゴメン。――で、何だっけ?」
「トランプやらない? 僕、持ってきてるから」
学は鞄の中を漁り始めた。
学は、透と由隆の席の向かい側に座っていた。通路側に座っていた学の隣には、西明健一(男子8番)の姿があった。

 健一は一見すると、少々きつめの目にかなりの長身、しかも教室の隅っこでいつも一人で推理小説を読んでいたため、中学校に入って1年くらいは、誰も健一に話しかけようとはしなかった。 健一が学や透と仲が良くなったのは去年のことだった。いつも通り本を読んでいる健一の元に、興味本位で学が近寄っていった。
『ねえ、それって面白いの?』
これが学と健一の最初の会話だった。それから次第に話していくうちに、健一は意外にのんびり屋で天然ボケが激しいということが分かった。事実、昼休み中に屋上で昼寝をしていて、そのまま午後の授業に出てこなかったとか、気が付いたら制服の上着のボタンが、全部ずれていたなんてこともあった。

 「ランポーさんも、トランプやる?」
『ランポー』とは、学が健一につけたあだ名だ。健一の好きな推理小説家から取っている。
「ん? ああ、やるよ」
「よぉーし、4人はメンバー決まりっと。あとは…」
学がバスの中を見回した。

 沙紀と利江は、何やらコミケがどうとかコスプレがどうとか、熱論を繰り広げていた。
――あいつらの事は、放っておこう。
透が、凄まじい勢いで話す女子二人を見ている学の肩をポンポンと叩いて首を振ったら、状況が分かったのか、学は二人から目をそらした。
「ねえ、透。松本君も誘ってみない?」
透はバスの前方を見た。

 バスの前から2列目には、転校生の松本明が居た。クラス全員がお祭り騒ぎの中、一人だけ、ボーっと窓の外を見ていた。
学たちが転校生の存在を知ったのは、今朝の学年朝礼のときだった。 意外に短く済んだ校長の話の後で、いきなり壇上で紹介された。 その少年は、俗に言うイケメンと呼ばれるにふさわしい人物で、学年中の女子が密かに熱を上げた。
――ねえ。あの子、格好良くない?
――うん。修学旅行から出てくるなんて、何か不思議じゃない?
――キャー。すっごいマンガチックー
もちろん、『あの』二人も…
――ねえねえ。転校生なんてシチュエーション、何かベタじゃない?
――うん。もの凄い王道な感じがするんだけど。
――でもさー。うちのクラスに来たって事は…、学くんとか透くんとかと、ひと絡みあっても、おかしくないんじゃないの?
――キャー! 超萌えじゃーん!
その後騒いでいた彼女たちは、こっぴどく教頭に叱られていた。

 「そのほうが、いいんじゃねえ?」由隆が言った。
「ここで声掛けとかないとさあ、多分話しづらくなるぞ」
「それもそうだな」
透は立ち上がって、前に向かった。
その途中で、沙紀と利江の熱い視線を感じた。――おい、お前ら! お前らは一体何を望んでんだ?

 「松本…だったよな?」
「ん?」
いきなり声を掛けられた松本は、組んでいた腕をほどいていた。
「よかったらさ、こっちでトランプでもやらねえ? バスの中って結構ヒマだし…」
初対面に対して声の掛け方が判らない透の言葉は、途切れ途切れになっている。
「いや」松本が静かに答える。
「悪いけど、一人にしてくれないか?」
「え…?」
そっけない答えに、少しがっかりした透だったが、それじゃあしょうがないな、と言って自分の席へと帰っていった。

 「へえ。松本くんって、孤独を好むんだね」
トランプを切りながら、学は小声で言った。
「まあ、外見で判断しちゃ、いけないんだろうけど、目つきが鋭いから誰も近づかないのかな?」
「そんな事言っちゃダメだよ! ランポーさん!」
健一の言葉に、学は声を張り上げて反論した。
「とにかく、ここで諦めたらいけないんだから、これからが勝負だよ! 何とか作戦を考えないとね――」
「お前もお節介だな、学」透は微笑んだ。
学は、いつだってそうだ。
人がもういいって言ってるのに、あいつは自分が納得するまでやらないと気が済まないんだ。 だから今回も、松本と仲良くなるまでは諦めないだろうな――
不意に透は、前方からまた沙紀と利江の熱い視線を感じた。――だから、お前ら! お前らの世界に、オレたちを巻き込むな!

 「でも、おかしいなあ」学がトランプを配り終えた時、透は呟いた。
「何が?」学が聞き返す。
「バスの中と、この間の松本って、全然雰囲気が違うんだよな」
「この間って?」今度は由隆が聞き返す。
「ほら、お前に言ったじゃんか。この間のサッカーの試合に、見慣れない奴が居たって――」
「ああ、あれか」由隆はトランプを並べ替えている。
「でも、あれって松本だったのか? まあ、オレは見てないから判んないけど」
「確かに、自分で松本って言ってたよ」
「へえ――」学が声を漏らした。
「そんなこともあるんだね――」

 その時だった。
由隆が急に透に寄りかかってきた。
「おい、由隆・・・」
透が見ると、由隆はトランプを落として眠っていた。
「何だ、お前? こんな時に寝るなんて…」
次の瞬間、徹の意識が朦朧としてきた。――あれ? 何だ? この感覚は…?
「とおるぅ…、何か…、眠く…な…」
学も頭もふらつかせている。健一はすでに眠っている。
――変だ! いつもはこんな事無いのに…!
そして、透も深い眠りについた。

 3年1組の面々を乗せたバスは、乗客が全員眠ったまま、規定のコースを外れていった。



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