1 連休の翌日(1)


ここは群馬県の山あいにある温泉街、奥田温泉郷。
当然、行楽シーズンなどになると、人が押し寄せてくるこの街も、普段は静かな田舎町になる。
そこに大型バスが入ってくる。
今日は5月7日の火曜日。平日なのは勿論、ゴールデンウィークが明けた直後にしては、異様な光景だ。 やがて、バスの列はある建物の前で止まる。奥田東中学校――

「はーい。それでは、慌てずに一人ずつバスに乗ってくださいねー」
3年1組の担任、大杉一志が声を張り上げる。 その声に、数十人の生徒達がぞろぞろと向かってくる。

「あいつ、まだ来てねえのか? 遅刻するなんて珍しいな」
バスに乗り込みながら、深谷透(男子9番)は呟いた。
「そういえば、そうだな。…こりゃ、雪でも降るんじゃねえか?」
後ろに居た追分由隆(男子2番)が、笑いながら返事を返す。
「いや、雪じゃなくて槍だな」
「全身被弾で全員オダブツってか? ハハハ…」
「おい。早く行けよ」
二人が立ち止まってお喋りをしていて、乗り込めなくてイライラしたのか、後ろから茂内亮輔(男子5番)の野次が飛んできた。

バスの中にはもう、大部分の生徒たちが乗り込んでいた。
後ろの座席は、稲継美波子(女子1番)大葉絵里奈(女子2番)国部優美(女子3番)高里美沙(女子6番)皆吉友加里(女子10番)の女子バレー部軍団が、すでに占めていた。 まあ、彼女たちがこのクラスの女子の中心となっている。
その前の列には、辻浦佑子(女子7番)鳩山瞳(女子8番)が座っていた。 佑子は、金髪にイヤリングと校則無視だらけなのだが、授業にはちゃんと出ているし、他人に危害を加える事も無く、ただ教師に反抗するだけの女の子だった。瞳はただ一人で美術室で絵を描いている印象しかない女子である。なぜこの2人が友達関係にあるのか――、それは情報に敏感な由隆にも、クラスのリーダー的存在である透にも、判らないままだった。

透と由隆は、その前の席に座った。すぐその前に、2人の女子が座った。
「やっほー。君の恋人さんは、まだ来てないのー?」
すぐに後ろを向いて、幼馴染の三條沙紀(女子4番)が声を掛ける。あいつの事を恋人呼ばわりするのは、今に始まったことじゃないから、もうすっかり慣れたが。
「うっせえなー、どうでもいいじゃねえかよ」
「どうでもいい、じゃないわよ。我らがヒロインがいなきゃ、私がここに来た意味が無いじゃないの」
「あいつ、男だぞ」
「いいの! あんたが、どう見ようと関係ないの!」
「こらこら、深谷君いじめちゃダメじゃないの」
二人のケンカを止めに入ったのは、深石利江(女子9番)。沙紀の親友だ。
「まあ、しばらく待ちましょう」
「はーい…」
そう言うと、沙紀は自分の席に戻った。
深石さんは結構かわいい。まあ、沙紀もどちらかと言えば、かわいい方なのだろうが。 体格は小柄で、ショートヘアで優しい笑顔が輝いている。 まさしく見た目は文句なしのクラスのヒロインだ。

そう。『見た目は』の話だが…

「そうそう、この間貸したやつ、どうだった?」
前の席で、利江が沙紀に話しかけた。
「うん、最高だったよ! さすが、ネット漁りを得意にしてるだけあるね」
「そうでしょ? やっぱ、萌えるよね、あの男の子。今までで、多分一番の掘り出し物だよ」
「そうだよねー、特に二人っきりのシーンは最高だよね! もう、ハァハァしまくりだもん」
「やだー。沙紀ちゃんったら、こんな所で下ネタ厳禁ー」
「利江ちゃんには、敵わないわよ」
「アハハハハ…」
ダメだ…。これ以上は、聞くに堪えられない。
透はポケットの中に入っていた、MDのスイッチを入れた。

ここまで聞いて、判った人には判っただろうが、 あいつらは――『ドージンフジョシ』ってやつ?――、インターネットで『そういう風』な画像を探したり、『そういう風』な雑誌やマンガを読んだり、自分たちで描いたり・・・ とにかく、普通の女の子でも、あんまり理解できないことをあいつらはしている。
え、判らない? じゃあ、判らなくていいや。知らない方が幸せかもしれない。

「さっすが、マンガ研究会部長! 利江ちゃん、凄いよ!」
「いやいや、マンガ研究会チーフの沙紀ちゃんの方が…」
どっちが偉いんだよ…
MDを聞いていても聞こえる彼女たちの話し声に、透は顔をしかめた。
「こらー! あんた何やってんの!?」
「うおっ!?」
いきなり沙紀にMDのイヤホンを取られ、大声で呼びかけられた。
「MDで逃げようったって、そうはいかないわよ」
「逃げるって、そんな…」
「ねえねえ」
話しかけてくる沙紀の目は、キラキラしている。ヤバいぞ、これは。色々な意味で。
「今回の修学旅行で、学くんの寝込みでも襲っちゃえば?」
ほらな。こういう時は、必ず無茶な注文を…。 え・・・?
「お、襲うって、お前! 何考えてんだ!?」
あまりの衝撃に、ツッコミがワンテンポ遅れた。 ちなみに『学くん』とは、沙紀たちが待ち望んでいるヒロインのことだ。
「ほーら、照れてる、照れてる」
「そりゃ、慌てるだろ。いくらなんでも・・・」
「いい?」
沙紀の顔が、突然透の目の前に迫ってきた。
「ウチのクラスで、ビジュアル的にマシなのは、あんたと学くんしか居ないんだからね!」
「そうそう」
いつの間にか、利江も身を乗り出していた。利江も、うっとりしている。
「ああ…、そして、修学旅行で仲を深めた2人はハッピーエンドへと向かうのです…」
「キャー! 利江たん、サイコー!」
「いい加減にしろ、お前ら」
この後の展開が、どうなるか判らなかったが、とりあえず止めておいた。

クラス全員が乗り込んで10分ぐらいした後、前にあるバスのドアが開いた。
「ごめんなさーい! 遅くなりなりました!」
――!?
その声に、沙紀と利江の目の色が変わった。
「あ、今回の主役の登場よ!」
「やったー! 一気に地獄から天国にランクアップよ!」
入り口から入ってきた、背の低い、小学生みたいな幼さを持った、眼鏡をかけた少年――島口学(男子6番)は、急いで透の元へと駆け寄って来た。



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