4 そもそもの間違い(2)


三つ編みにされた髪、度数がきつそうなメガネ、そして休み時間は、一人で隅っこの方で小さく本を読んでいた――。
そんな、マンガにしかいなそうな少女、それが小西彩だった。
クラスの女子とも、何も係わり合いはなく、学校が終わったら、そそくさとカバンを持って家に帰っていった。
一見して大人しそう、だが、祐美は危機感を感じた。
もしかしたら、小西さんは恐怖の存在になるかもしれない。 よくマンガとかであるけど、表はいい子ぶっているけど、裏じゃ何をやっているか分からない――。そんな感じ。 ――ううん、いつもは仲がいいクラスじゃん、そんなことは絶対にない! でも――、心の中まではわからない――。万が一、誰かの『理性の壊れた』顔を見ちゃったら――、私、怖い――。

その時だった。
窓の外から、猟師が鳥の群れを狙い撃ちするかのような、銃声が聞こえた。それも鼓膜が破れそうな破裂音で――

「な、何?この音は!?」佐知子が叫んだ。
「い、いや――!」葉月は耳を押さえながら、小屋の隅っこへと移動した。
やがて、銃声は途絶え、再びそこは静かになった。 しばらく体が固まっていた彼女たちだったが、恐る恐る潤子が窓の外を覗いた。
「――どう?潤子…」祐美が訊いた。
潤子は「――暗くてよく分かんないけど、人の気配は無いわね」と言って、再び窓から離れた。
「とりあえず、弾は当たってないみたいね」佐知子が辺りを見回して言った。
葉月は隅っこで脅えていて、彩は青龍刀――潤子の武器だ。ちなみに小西さんは自分の武器は無いと言ってた。本当だろうか…?――を構えながら、窓の方をじっと見つめている。意外と冷静だ。

「今の――、誰だったのかな?」腰を上げながら、潤子が言った。
「さあ…。でも、誰かを狙ったんじゃない?」佐知子は言った。
「そんな――!私、ちょっと見てくる」
「だ、ダメだよ、潤子!」 ドアノブに手をかけた潤子を、佐知子は止めた。
「放してよ!」
「待って…! 誰が狙っているか分からないのに、外になんか出たら危険だよ!」
一向に左腕を掴んだままの佐知子に対して、潤子は必死に抵抗している。
「何で危険なの!?」潤子は勢いよく、腕を振り解いた。
「だって、潤子が撃たれちゃったりしたらどうするの!?」佐知子は再び腕を掴んだ。
「そんな事ないよ!きっとみんな怖いだけなのよ!こんな所に閉じ込められて怖がってるだけなのよ!」潤子が必死に抵抗するが、今度は離れられない。
「だったら、余計に危険だよ!」佐知子の叫びは悲鳴にも聞こえた。
「嫌だ!潤子死なないで!」
「離して、佐知子!」

二人のやり取りを側で見ていた祐美は、その迫力に圧倒されていた。
普段の生活だと、必死の形相で腕を振り解こうとする潤子や、『行かないで』と泣き叫ぶ佐知子、ただ脅えて震えている葉月を、見る事はもちろんなかった。たかだか数キロ四方しかない島に閉じ込められ、その上武器を持たされて殺し合えと言われるのだから、多少混乱があるとは思ってはいたが、まさかしっかりものの潤子や佐知子がこんな状態になってしまった。恐ろしすぎる。そしてよく『出来すぎて』いる。このプログラムというものは――。

「あ、あのー…」
「何よ!」
いきなり祐美に声を掛けられて、佐知子の声は明らかに強張っていた。
「扉から外に出ること無いよ」祐美は静かに喋り出した。
「屋根からでも十分見えるんじゃない?」
「え?」さっきまで争っていた佐知子と潤子は、動きを止めて祐美を見た。

今から数分前、潤子が佐知子と葉月を連れてきたとき、祐美は何か使えるものはないかと小屋の周辺を探索していた。そして小屋の裏手で長いはしごを見つけた。どうやらこの小屋の住人が屋根に上るために用意したのだろう、2mもあろうかと思う長いはしごは屋根の淵に立てかけてあった。小屋の屋根は一般的な三角のもので、裏側の屋根は森からは死角になっていた。
何も守るものが無い外に比べて、潜む所があるということで、ようやく佐知子も折れて潤子から手を離した。
そして祐美は自分が登ると言って、潤子たちを驚かせた。もちろん佐知子と潤子は必死に止めた――葉月と小西さんにさっきと比べて動きは無かった――が、祐美は、危なくなったらすぐに戻るからと言って聞かなかった。

扉とは反対側に1m四方の窓があったので、何とか他の人に手伝ってもらいながら祐美は小屋の裏に出てはしごを伝って屋根へと上がった。
祐美は中腰になって空を見上げた。海の上にあるせいか、排気ガスの影響もあまり無く障害物も無いため、そこから見える夜空はすごく綺麗だった。
――何やってるんだろうね私たち。こんなところで殺し合いなんて…。あーあ、どうせ来るなら、彼氏と一緒に肩を寄せ合いながらこの星空を見たかったのに…。あ、その前に私、彼氏居なかったっけ。あはは。
祐美は身を乗り出して、森のほうを見てみた。本来ならば、真っ暗で何も見えないのだろうが、何故か小屋のある場所はぽっかり穴が開いたように木々が無く草も短いので、月明かりに照らされたそこはまるで昼間のように明るかった。祐美は辺りを見回してみたが、そこには木しかなくて特に動きは無い。

――やっぱり、逃げちゃったのかな…?祐美は身を引いて屋根に寄りかかった。
なるべく女子は引き込んだほうがいいって、潤子の言うとおりだけど、ここで見つけたら自分に説得なんて出来るかなあ? 絋美(女子2番・岩岬絋美)や昭代(女子3番・梅田昭代)だったら、何とかなりそうだし、由香里(女子5番・北嶋由香里)は服部くん(男子14番・服部竜司)とか連れて来るだろうけど、まあ、安心よね。尚美(女子18番・村下尚美)だったら困るなー。福島くん(男子16番・福島芳次)だったらまだマシだけど、安藤くん(男子2番・安藤博史)は女子にウケが悪いからなあ…。
祐美はふと自分の腕時計――人気キャラクターのマロン・ケティのイラストが中心にあるピンクの腕時計だ。潤子は『かわいいけど祐美には似合わないね』って言ってた。失礼じゃない?――を見た。屋根に上ってもう1時間になる。もうそんなに経ったっけ?最後に一通り森を見回してから、祐美ははしごを下りた。 もうしばらくは、このままみたいね…。祐美の口元が少し緩んだ。だって少なくとも自分や親友たちは『まだ生きている』のだから――。
だが、その確信もすぐに夢物語になってしまうとも知らずに――

「潤子ー。やっぱり誰も…」祐美は窓から小屋の中に入った途端、中の異常に気が付いた。
真っ暗で何も見えない。月が雲に隠れたせいなのかも知れないが、祐美は急に不安に襲われた。
そして月が雲から抜け出して、部屋の中がだんだん明るくなるにつれて、祐美の目の前には異様な光景が広がっていた。
さっきまで潤子と口論していたはずの佐知子が、仰向けになって倒れていた。寝ているのかな、と一瞬思った祐美はすぐに目を見開いた。
胸を押さえている佐知子の紺色のブレザーと白いブラウスの上に何やら赤いものが付いていた。考えるまでも無かった。それは人間の血液だった。


【残り 38人】


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