9 I can do only this


あれ――?
あれって、兼代駿介じゃない?
後ろに結んだ、オールバックの髪。すらっとした長身の、ちょっとかっこいい人――

教室を出てから、北に向かって歩いていた駿介は歩くのを止めていた。目の前には、大きな門に閉ざされた大きな橋。門には、目新しい看板に『進入禁止・千葉県第7人工島管理事務所』という赤い文字が書いてあった。
「第7――人工島かあ――」駿介は呟いた。
――ってことは、この橋は陸まで続いてるってことか?
駿介は門の隙間から、奥の景色を見た。そこにあったのは、とても長い橋。確かに陸まで続いていそう(暗くて最後までは、見えなかったけど)だったが、登ろうとしても、門の上には有刺鉄線、さらに、政府側はこっちの位置が判ってるのだから、たぶん、この橋を使っての脱出は不可能だ。

「兼代…くん?」
突然の声に、駿介が慌てて振り返ると、そこには、人がが立っていた。暗くてよく見えなかったが、次第に相手が近づいてきたので、見えた。
セミロングの髪に、さり気ない感じのメガネをしている、図書委員で背の小さな女子――、友原香代(女子12番)は、駿介と10mぐらい距離を離して止まった。
「友原さん――」
「あなた、一人なのね?」香代が駿介を見据える。
「そうだけど」
「やけに、冷静なのね」香代が訊いた。
「そうかな――?」

考えもしなかった。そういえば不思議だ
なぜ、こんな、いかすかないゲームに参加していて、正気を保てるのか。
なぜ、身近なクラスメートが殺されるというのに、冷静なのか。
そんな事は自分が聞きたかった。

「ねえ」香代が口を開いた。
「あなたは、誰か一緒に行動する人いるの?」
「えっ…?」駿介は固まった。
『一緒に行動する人』? うーん。クラスの中に親しい人は…、近藤さんは時々日直を一緒にやることが多いけど、特に話するなんてことはないし、柳原さんとは委員会が一緒だけど、必要以上のことは喋らないし、後は誰も――
誰もいない。

「――君は、どうするんだ?」駿介が訊いた。
「どうするって?」
「あんたは、人を殺すのか?」駿介の口調が強くなっていく。
「私は――」香代が口を開いた。
「――やっぱりダメ。嫌いな男子とかだったら、考えちゃうけど、いつも仲良くしてる――、潤子とか枝里とかだったら、殺せない。 それに、男子が固まってると、女一人じゃ勝ち目は無いし――。ただ――」
「ただ?」駿介が訊いた。香代の顔が強張っていく。
「ただ、単独行動する人は怖いと思う――。他の人がいれば、制止が利くと思うから――。でも、一人だと――」
香代はそう言いながら、右ポケットに手を入れていた。
「危険だと思っちゃうのよ――!」
次の瞬間、香代は手を突っ込んでいたポケットから拳銃――、シグ・ザウエルP230・9ミリショートを取り出して、駿介に銃口を向けた。

「友原さん…」
「動かないで!」
香代はシグ・ザウエル構えたまま、駿介のほうに近づいてくる。
「私、怖いのよ!あんたって、結構運動神経も頭もいいほうでしょ!?」
駿介はじりじりと後ずさりしていく。 確かに、この前のスポーツテストだって学年15位だったし、定期試験だって上から20番目だった。でも――
「友原さん。オレはあんたを撃たない。約束する。だから――」
「見逃せって言うの!?」香代は叫んだ。
「いや! 冗談じゃないわよ! 私は、あんたの事なんて信用できないわよ! だから、だから――、」
悲鳴にも似た声を張り上げながら、香代はぐちゃぐちゃに泣いていた。そして、言った。
「死んでよ!」
その直後、香代は引き金を引いて、銃弾を発射させた。 しかし、駿介もまた同時に横に避けて、それを交わした。 銃弾は、フェンスに当たって、ものすごい金属音を出した。 横に避けると同時に、駿介は懐に忍ばせておいた、コルト・ガバメントモデル45口径を素早く取り出し、香代に向けた。

――助かるためには、これしかないんだ。 大丈夫だ。銃の腕前は、警官だった叔父さんだって認めてるんだぞ――!

駿介が銃を取り出してから、香代がひるんで、一瞬の間が出来た。 その直後、駿介の銃が火を噴いた。 弾は、恐怖のあまり動けなくなっている香代の左足のふくらはぎをかすった。
「いっ――」
傷は浅かったものの、撃たれた衝撃で、香代は倒れた。
――何?何が起きたの!? ――あれ?
視野が真横になっている香代は気付いた。銃が無い。
――! あった!
シグ・ザウエルは、香代の目の前にあった。 手を伸ばして掴もうとした、が、突然銃が消えた。 急いで起き上がると、そこには、シグ・ザウエルを遠くに蹴飛ばし、香代に向けてコルト・ガバメントを向けている、駿介がいた。
「あ――」
もし、香代が平常心を保っていたら、銃を拾いに行く事も可能だったろう。 しかし、今の思考回路は、そんなどころではなかった。

殺される――。殺される、殺される、殺される――。 こんな偽善野郎なんかに――。 助けて、誰か助けて――!
香代は目をつぶった。



「ふう」駿介は笑みを浮かべた。
「何とか狙い通りいったな」
駿介は、コルト・ガバメントを右ポケットに入れると、 自分のバックから、まだ使っていないバンダナを取り出し、香代の傷口を縛った。
「よし」
「え――?」
不思議な感覚に、香代が目を開ける。 しかし、既に駿介は、転がっているシグ・ザウエルには目もくれず、何処かへと走り去っていた。
「一体――、何がしたかったんだろ、あの人――」
香代は立ち上がった。

一体、何をやってるんだ、オレは――?
あんな事しても、あの人は他の誰かに、殺されるかもしれないのに? 貴重な弾、ムダにして――
――でも、あれで良かったのかもしれない。 何でかは分からないけど。多分。そう――

駿介は、もと来た道を駆け抜けていた。

【残り33人】


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