10 守りたいもの、そうでないもの(1)


「博史…、雅司…。くそっ!」
短いスポーツ刈りの少年は、木の切り株に腰掛けながら、自分の太ももを拳で殴った。

「はーい!皆さん元気ですかー! 二三四です!」
「うっせえなあ。聞こえてるっつーの。」
話は5分ほど前に遡る。
辺りに二三四の声が、けたたましく響いた。酒田敬(男子10番)は、文句を吐いた。
「はい。最後の人が出て行ってから、1時間が経った!」
敬は、時計を見てみた。デジタル時計は、『AM0:00』を指していた。
「教室で言った通り、これから6時間ごとに、放送を流す!その時に、死亡者や、禁止エリアを発表していく! おっと、始めに断っておくが、コンピューターとかがある、管理事務所にはもう入れないぞ。地図だと――、N-05だな」
敬はリュックの中にあった、地図を取り出して、N-05に赤ペンで斜線をつけていく。 ――なるほど。こういう要領か。
「それじゃー、早速行くぞ!」二三四が言った。
「まず、死亡者だが、番号順に言うぞー。男子2番・安藤博史8番・川堀雅司女子11番・寺田潤子13番・成島佐知子14番・早野葉月。以上だ!」
えっ? 寺田さん――? それに…
「続いて、禁止エリアは――、午前2時に、N-04!」
別の事を考えていた敬は、急いで斜線と時間を入れる。
「そして、午前4時にI-09! 午前6時に、F-03! 以上だ! 残りは、次の放送に発表する! それじゃあ、健闘を祈る!」
そして、放送は切れた。

あいつ等が呼ばれた――
放送が終わった後の敬は、終始うなだれていた。
博史と雅司とは、野球部の仲間の福島芳次(男子16番)と仲がいいだけで、自分は後ろから付いてくるだけの関係だった。 でも、あいつらの側にいると、何故か元気が出た。
もちろんこんなクソプログラムで死ぬなんて思わなかった。また会えると思ってたのに…。畜生――!

酒田敬は、弥生中野球部の左腕のエースピッチャーで、すでに何校かの高校から推薦入学の話が来ていた。 体力には自信があったし、田舎の小学校の出身のせいか、アウトドアには慣れていて、単なる『サバイバルバトル』だったら、間違いなく、優勝候補だっただろう。 しかし、敬の歩を重くしているのは、やはり『人を殺さなければならない』という、この状況だろう。 人が死ぬ、殺される、なんてことは、4組男子の中で一二を争うスプラッタ映画嫌いには、酷だった。 しかも、日比野祐吾や伊藤輝美の死体を見てからは、余計気分が悪くなった。

プログラムが始まってから、敬はほとんどこの場所に居た。プレハブ小屋を出て、ひたすら走って行き着いたのがここだったからだ。 間違いがなければ、今、G-05に居る。 目印の小屋が、目の前にあった(もちろん、その中で3人死んでいるなんて事は、想像もしなかったが) が、もう誰か潜んでいるかもしれない、と思い、小屋に入ることはパスした。

ふと、敬は自分の支給武器、アイスピックを取り出した。 短い木の柄に短い針を付けただけの、頼りないものだったが、 たぶん、その気になれば、人だって殺せてしまう―― 敬はそっと、ポケットにしまった。

何とか、脱出って、できないかな――? 敬は思った。
でも、あのカタブツ(二三四って言ったっけ? クソ――!)は、この首輪が爆発するなんて事言ってたな。 これさえ何とかすれば、何とかなるんだけど…
あー!思いつかねえ! せめて、クラスに1人ぐらい、こういう機械に強い奴がいればなあ――
このクラスの秀才といえば、いつも定期試験でトップを取ってくる吉崎望(男子20番)ぐらいだったが、 その吉崎も、他のクラスのみんなも、機械に精通しているものは、1人もいなかった。

――ここに居てもしょうがない。何とか服部竜司(男子14番)にでも会えればいいな。あいつの周りなら、人が集まりそうだし、頼りになるからな――
敬は立ち上がった。その時だった。少し先に2つの人影が見えた。 あれ? あれは――
敬は目を凝らす。 そして、まず判ったのは、ボーイッシュな短い髪に、陸上部の長距離ランナーの、杉山智恵(女子8番)の姿だった。 その智恵が、何かを構えている。
あれは――、ボウガンだ! それで、それを向けられているのは・・・ 腰ぐらいまである長髪に、落ち着いた感じの美少女――前河佑紀(女子15番)
マジ――、かよ? だってあいつらは親友、じゃなかったか!? いつも休み時間になると、2人で仲良く教室でしゃっべてたし、それに――!
敬は反射的に、その場を駆け出していた。

「じゃあ、さよなら。佑紀――」智恵が言った。
「智恵――」佑紀の目から、涙が出てきた。
その刹那。突然、横の茂みがガサッと音をさせたと思ったら、そこから『何か』が飛び出してきた。 そして、勢いよく智恵に体当たりして、反対側の茂みへと消えた。 佑紀に向けられていたボウガンの矢は、体当たりされたショックで、明後日の方向へと飛んでいった。 今のは…?
「ガ、ガハッ…」胸を強く打った智恵が咳き込む。
「な、何が起きたの!?」
いきなりの事で、困惑する智恵の目に飛び込んできたのは、自分の上に馬乗りになっている、酒田敬の姿だった。
「さ、酒田くん!? あんた一体…」
智恵が言いかけたとき、敬は智恵の襟首を掴んだ。
「何やってんだよ、杉山! お前、何で自分の親友を殺そうとしてるんだ!?」
「な、何って…」突然の大声に、智恵は面食らった。
しかし、すぐに敬を睨みつけて、言った。
「そういう、あんたこそ――! あんたも、私を殺そうとしてるじゃないの!」
敬は気付いた。自分がいつの間にか、ポケットにしまったはずのアイスピックを、智恵に突き刺そうとしているのを。 敬は目を見開いた。
「違う。オレは、オレは…」
「くっ…。は、放してよ! この変態! 殺人鬼!」

違う。違うんだ! オレは、オレはただ、あの子を…
でも、今のオレは、殺人鬼と一緒じゃないか!
でも、今ここで、こいつを逃がしたら、オレだけじゃなくて、あの子も…
嫌だ。でも、殺したくない。
デモシニタクナイ、デモコロシタクナイ、デモシニタクナイ、デモ…
この時、敬の中で何かが弾けた。

「放して! 放してよ!」
智恵が必死の抵抗を試みる。しかし、現役運動部の敬から離れるのは、至難の業だった。
「黙れ――!」
「えっ…?」突然の声に、智恵は固まった。
「黙れって言ってんだよ!」
その時の敬の表情は鬼の形相と化していた。智恵の顔に、だんだん恐怖が表れてきた。
「――イ、イヤ…」
智恵が泣きながら、声を絞り出す。
「嫌だ! あんたなんかに殺されたくない!」
「でも、ここで殺さなかったら、お前は前河さんやオレを殺すんだろ――?」
智恵は驚いた。今の台詞は、今までの敬とは違う、落ち着いた声をしていたから。
「お前は『2人』殺す。でも、オレは『1人』でいい――」
敬はアイスピックを振り上げた。
「ちょっ…、待って――!」
敬が思いっきり振り下ろしたアイスピックは、智恵の左胸に刺さった。 声とも取れない、うめき声をあげる智恵に向かって、何度も何度も刺した。
やがて、智恵は動かなくなっていた。

やっちまった――。とうとう、オレも、人を…!
思わず、敬がその場から離れる。
「智恵ー!」
敬はその言葉で我に返った。佑紀が智恵の元へと駆け寄る。
「智恵! ねえ、起きてよ! 起きてってば――!」佑紀は智恵を抱き寄せていた。
無理も無いか。大切な親友が、いなくなっちまったんだからな―― でも、これしかなかったんだ――。君を守るためには――





「何て事してくれたのよ!」
思いがけない声に、敬はたじろいだ。 その声の主――、佑紀は泣きながら、敬を睨みつけていた。
『何て事をしてくれた』…?
「ど、どういう事だ?」敬は訊いた。
「――私が智恵に頼んだのよ。私を殺してくれって!」
「な…!?」
敬の目が丸くなった。



【女子8番 杉山智恵 死亡】

【残り32人】



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