11 守りたいもの、そうでないもの(2)


「私と智恵はね…」佑紀は話し始めた。
「あの出発地点で会ったの。智恵が待っててくれた。 途中で潤子(寺田潤子【女子11番】)が、一緒に集まらないか、って言ってくれたんだけど、 あのときの私達は、お互いの事しか信用できなかったから――、潤子から逃げるようにして、この森に入ったの。 それで、途中で銃声は聞こえるし、さっきの放送で死んでる人もいたし――。これって、誰かが人を殺してるって事なんだよね? それで智恵が、放送が終わった後に、言ったの。 『もう、殺し合いは始まっている。誰かに殺されるより、自分で死んだほうがマシだ』って――」
「そ、そんな…」敬の血の気が引いた。
あんな、強気な杉山がそんな事を――!? だって、部活で足をケガした時でも、大会が近いからって、強引に練習しようとしてたじゃないか――!
「私は…」佑紀は続けた。
「『智恵が死ぬんだったら、私が先に死ぬよ』って言った…」
「ちょ、ちょっと待てよ!」敬が横槍を入れる。
「――本当に、そう思ったのか? 死んでいいと思ったのか!?」
「そうよ! だって、智恵は…、智恵は――」佑紀が泣きながら俯いた。
「私の…、親友だったし、大切な人だし…、初めて出来た友達だったから――!」
大泣きしてしまった佑紀を見ながら、敬はある事を思い出していた。

そうだ、聞いた事がある――
話してくれたのは、確か博史(安藤博史【男子2番】)だったかな。もう死んだけど…
前河さんは、小学校の時から虐められていたという。 理由は、父親が人を殺してしまったから。原因は分からないけど。世間的には、その事件の犯人が表に出る事は無かったが、 噂が広まってしまい、家族は外に出る事さえ出来なかったという。 そして、その煽りを受ける形で、娘である前河さんが、毎日の様に虐められていた。 やがて、中学生になって、前河親子は引っ越した。それが稲毛だった。 誰も彼女の事情を知らない園生緑地中に入ったが、虐められていた頃の恐怖心からか、1年生の時は誰も友達を作ろうとしなかった。 そして2年の時、何かのきっかけ(これも、理由は知らないが)で、杉山と仲が良くなって、 そのうち、他の女子にも溶け込んでいった。そんな話だ――

でも今考えたら、博史の奴。こんなの、ラーメン屋の行列に並んでいる時に、言う話題じゃないだろうが。 あー。そういえば、もう一度、あの『メビウス軒』の味噌ラーメン、食べたかったなあ――

「――私も、一つ訊いていい?」佑紀が言った。
「何で、私を助けたの?」
「え――?」敬は言葉を詰まらせた。
佑紀が続ける。
「何で、危険なマネして飛び出したの? 放っとけば、あなたが生き残る確率だって、上がるはずなのに――」
「そういう訳には、いかなかったんだよ」敬は俯いた。
「どうして――?」
「オレは、その…」敬は息を吸った。
「君の事が、好きなんだ――」

敬が佑紀の存在を知ったのは、2年の初め頃だった。
敬がユニフォームに着替えて、下駄箱の所でスパイクを履こうとしていた時だった。 不意に、昇降口の花壇に座っている2人の女子に目が行った。 一人は、ショートヘアに陸上のランニングウエア――ああ、杉山智恵か。それはすぐに分かった。 でも、隣の人が分からない。結構、髪は長くて、大人しいような顔、それに、何となく漂う清涼感――
不思議と敬は、その人に惹かれていった。
そして、部活の休憩時間。野球部と一緒に、陸上部も休憩していた。
「なあ、杉山さん」
「ん――? 何? 酒田くん」
敬は智恵に話し掛けた。男女問わず、クラスの運動部とは仲が良く、普通に女子と話すことは慣れている。
「さっき、昇降口で話してた子、誰かな?」敬は訊いた。
「ああ、佑紀ね。前河佑紀。知らなかった?私たちと同じクラスなのよ」
「へえ――」敬は感嘆した。
前河さん、って言うんだ――。あの人。
その日から敬の意識は、智恵の隣で雑談を交わしている女子に、釘付けとなっていた。
「おーい、敬? お前の番だぞー? おーい…。 ――しゃあないなあ。グズグズしてっとオレが上がっちまうぞ」
「あ、芳次、それダウト」
「何で分かるんだよ!」
もはや敬には、仲間の声も聞こえていなかった。 それぐらい佑紀に惚れていた。

言ってしまった。
こんな事言っても、何もならないかも知れないけど、とにかく、生きてる時に言えてよかった――
敬は余韻に浸っていた。







「ダメだよ――」
敬が告白した後、その場にはしばらくの沈黙があった。佑紀がその沈黙を破った。
「え――?」敬が声を漏らした。
「ダメだよ。そんな事言われても――。だって、だって、智恵が…」
佑紀が立ち上がった。
「死んじゃったんだもん――」
そう言うと佑紀は、敬に近づいていった。自分の武器である、斧を引きずりながら。
「ま、前河――、さん?」
敬は、地面に腰を抜かしながら後退していた。
「智恵は、智恵は大切な人だから――。だから、そんな事で…、そんな事で…」
佑紀は斧を振り上げた。
「うわっ!」 敬はとっさに左腕でガードした。

次の瞬間、敬はものすごい痛みを感じ、ボトリと何かが地面に落ちる音を聞いた。 目の前には、斧を振り下ろした佑紀の姿。 まさか――。
敬は、恐る恐る下を見た。 そこには、細長い『何か』があった。 月明かりに照らされた、それは、紛れもなく人の腕だった。
「あ、あ…」
敬が体の左側を見てみる。 するとそこには、『左腕』らしきものは無く、かわりに赤い液体が噴出していた。
「ああああぁぁぁぁ! お、オレの腕がああぁぁぁ!」
敬は、左腕を切り取られたショックと、激しい痛みで、のた打ち回っていた。

「そうよ――」 佑紀の目に、生気は無い。
「もう智恵は――」 佑紀はゆっくり敬に近づく。そして――
「いなんだもん――」 狙いを定めて、斧を振り上げた。

しばらくのた打ち回っていた敬だったが、誰かの気配がして、後ろを振り返ると――
「あ…」
自分に止めを刺そうとしている、佑紀がいた。
敬は、動けなくなっていた。
今まで楽しかったな――。 野球やってて、芳次に会えた――。 芳次と博史と雅司と遊びに行った――。 その他、全部――。
でも――、オレに前河さんを守る器なんて無かったみたいだ。 そこだけは、杉山に敵わなかったのかなあ――。
敬は目を瞑った。

佑紀が振り押した斧は、もはや、ガードするものが無くなった左胸に深々と刺さった。刃の部分が見えないほどに。 やがて、佑紀は斧を引き抜いた。 大量に返り血を浴びたが、佑紀は何も感じていなかった。少なくても、この時は――

佑紀は目から滝のように涙を流し、自分の荷物と斧を引きずりながら、ふらふらとその場を立ち去っていった。



【男子10番 酒田敬 死亡】

【残り31人】



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